15.源太日記より-2

吉井源太日記より

(現代語訳/明治19年10月20日)
風習の紙質を除去し、新製発展の方法を改良し、美の術を尽す。日を経てこの方法は県七郡に拡張するだろう。人々の営業練磨の一緒となり、精熟佳品を海外に輸送し、皇朝の産額は五大州を聳貫すべし。該社の工業が他にまさる事、人は知るべきである。
十月二十日  十月二十五日

【日記の解説】
士族に対して産業奨励をおこなうために作られた「中嶋町・黒田兆亮組」による「高知同業抄紙会社」という会社の開業式にあたって述べられた祝辞の一部。ここへも源太は指導に赴いていた。この会社では、古い紙漉きのやり方をやめて新しく改良された方法で美しい紙を製造することが目標であった。このことがほかの事業者へも影響を与えて、良い品を海外に輸出して日本国の生産額は世界で抜きんでたものになるだろうという壮大なビジョンを示している。