12.現代語訳ドウサ漉入図写紙

吉井源太著『日本製紙論』より(現代語抄訳)

【ドウサ漉入図写紙】
漉(す)く際に膠(にかわ)と明礬(みょうばん)とを混ぜ、精緻な書画の上に載せて透写する紙。厚いと透けにくいので必ず薄くなければならない。原図の墨線を鮮明に透視させ、図写紙になぞった墨汁が染み込まず、まったく原稿を汚さない。
この紙は幅が広く、中国製の唐紙と似ている。幅が2尺(約60cm)、長さが4尺4寸(約1.3m)。もし図写紙の幅が原図より狭い場合は適応せずとする。足りずに紙をつなぐと接合部が厚くなり、原図の透視を妨げてしまう。図写紙は漉き簀の跡やドウサの濃淡がないよう、注意すべき要点があり、決して紙の厚さに偏りがあってはならない。良好なものは人物の毛髪や細やかな花鳥風月まで、くっきりと明瞭に写せる。透写度をより鮮明にするには、少量の亜麻(あま)仁油(にゆ)を加えるとよい。
欧州諸国にはトレーシングペーパー(図写紙)やトレーシングクロス(図写布)という紙があり、価格はすこぶる高価である。我々の図写紙をこれの代用にするなら、改良して欠点をなくし、用途によく適合するよう努めるべきである。
この紙を最初に製造したのは明治16年ごろで、それほど前ではないが、今では各府県で続々と製造が増えている。ただ惜しいことに、製造するというよりも模造であり、輸出紙としては欠点が少なくない。例として、ドウサを後から塗ったものがある。これは紙漉き技術の進歩していない地方か、未熟者ゆえの方法だといえる。ドウサは漉く前に原料液へ混ぜておくべきで、この製造には熟練を要する。この方法でなければ、とうてい良質の紙はできない。 明治18年、アメリカ合衆国のルイジアナ州ニューオーリンズにおいて、万国工業博覧会が開かれた時、この紙を製造して出品したところ、はからずも図写用紙に最適として賞牌を賜った。図写用紙が海外においてその真価を表明したのは、この時だと信じる。以後、英米仏独などの諸国より注文を受け続けて、中国にも輸出されるようになった。
国内でも用途に大差はなく、高等女学校や美術学校などで教育上の必要品として欠かせない。また、封筒にも使われ、紋様の入った唐紙の上に貼って透かし、緻密な織物のごとく見せるなど装飾用の需要も多い。

※注 【ドウサ】ニカワ液にミョウバンを少量加えたもので、書画用の紙や絹に塗布するにじみ止めとして使われていた。