9.現代語訳コッピー紙

吉井源太著『日本製紙論』より(現代語抄訳)

【コッピー紙】
コッピー紙(圧写紙)は薄い紙で、何枚も重ねて上から圧写して、手書きの労を省く。明治10年、第一回内国勧業博覧会が開催された時、私はこの紙を創って「薄様大半紙」として出品した。審査部長によって、紙質良好で輸出用のコッピー用紙に最適だと認められ、龍紋賞を受けた。その後は「コッピー紙」と呼んでいる。
明治17年、海外輸出の道を開拓することとなり、この勢いを見た各地方から高知県にコッピー紙の製造を習いたいという者が多く、3府27県にも達した。この紙の有望なこと!23年ごろには輸出がますます盛大になったが、25年ごろ、粗製濫造の弊害が生まれ、輸出は頓挫した。
以来、1種類だったコッピー紙に等級が付き、価格差もやむを得なくなった。今後は製造者たるもの、海外輸出においては、眼を全体に注いで一時的な眼前の小利に迷わぬように。でなければたちまち、我が国紙業全体の盛衰に影響してしまう。
最初はガンピ繊維だけで製造していた。今日輸出するコッピー紙は、ガンピとミツマタの2原料を等分に混ぜたものになっている。ガンピは自生しかなく、栽培できないので生産量が少ない。海外の需要が一時的に増加すれば原料不足は目に見えていた。いずれ原料の高騰は免れないので、一部の製造者がミツマタを混ぜ始めた。
はじめはガンピに対して2分のミツマタだったのが、ついにはミツマタを8分まで混ぜるようになり、しかも真正のコッピー紙として価格も変えなかったため、外国人に見破られ、三種の等級を付けられることとなった。ガンピのみ、ガンピとミツマタとが等分の紙、そしてミツマタ8分の3種類である。ミツマタ混合が増えれば、価格を低くした。
一般に圧写紙というのは一度に8枚を写せるが、この紙は改良の結果、16枚を写せる品も出ている。高知・岐阜の両県がことに有名である。