8.コッピー紙

コッピー紙

この紙は、「圧写(あっしゃ)紙」ともいわれる。圧写というのは、原版に書いてあるインキ文字の上に紙を何枚も重ね、上から圧力をかけて一度に何枚もの紙に写すことが基本的な使い方である。
源太が明治10(1877)年の第一回内国勧業博覧会に出品した時、輸出用のコッピー紙に適するという評価を受けて賞をもらった。紙は、雁皮(がんぴ)製で、薄くて滑らかであることが重要になる。普通の紙で、一度に8枚重ねて写せなければならないとされていたが、明治21年に京都で開かれた関西連合共進会で試験的に行ったとき、源太の仲間である弘光兼次郎氏製造の紙では一度の圧写で16枚写せたとされる。
本来は雁皮のみで製造するが、他の原料を混合した場合、薄さを追求することで弱くなる場合もあるので注意が必要だと日記に書いている。
この紙の名前は日記の後半からしか出てこない。海外からの注文により製造が盛んになった。源太は明治30(1897)年に神戸に立ち寄り、日本紙貿易株式会社というところで、この紙の売れ行きなどを話している。ここの支配人から「コッピー紙は、海外ではタイプライターというものに用います。今は検査が行き届いていますが、注文が多くなって粗製濫造になっては困ります」という話があったことなどが書き留められている。
この頃は、タイプライターが発明されて約35年。その印字方法も、直接インキをつける、リボンの上から打つ、カーボン紙をはさむという各種の方法が混在していた。

◇◆ 注釈 ◆◇
昭和27年全訂改版『パルプ及び紙』(厚木勝基著)には「吸収紙」の説明として「吸収紙には、吸取紙、濾紙、コッピー紙等」があると書かれている。そして「コッピー紙」の説明では「コッピー・インキが紙層を鮮明に透過しなくてはならないので、紙質は薄く強く緊密でなければならない」とされ、コッピーがインキを吸収することで複写が行われるものだったとわかる。
また、日本印刷学会編、昭和49年発行の『印刷事典』では「コピーインキ」の説明が次のようになっている。
「水溶性染料と水・デキストリン(デンプンから作られる)・アラビアゴム・グリセリンなどで作ったインキ。このインキを用いて筆書きまたはタイプライターで印字した原稿の上に湿りを与えた複写紙を重ね、吸取紙の間に挟んでコピープレスで圧搾すると、字画は水に溶出して複写紙に移る。この紙を取り出して白紙の上に重ね、再びコピープレスで圧搾すると原稿の複写が取れる。」
源太が改良したコッピー紙はここで言う「白紙」として使われるものだったと考えられる。