5.『続日本製紙論について』

『続日本製紙論』について

日記によれば『日本製紙論』は2000部で発行されたが、2年で売り切れてしまっていた。明治33年日記には次のような手紙の下書きがある。これは『日本製紙論』を発刊した有隣(ゆうりん)堂社主にあてたものである。

日本製紙論の件で申し上げます。この本はいろいろのところから注文になり、土佐では売り切れて一部も無くなっています。東北地方や九州地方からも段々言ってきますが、この通りで、貴支店にお聞きしたところやはり売切れと言って来られました。貴本店にございます品は如何でございますか。今また再版を致しては如何でございますか。   穴山篤太郎殿

このように再版を促したが実現はせず、源太は晩年に近い頃に『日本製紙論 続編』を出そうと考えた。そのための「はしがき」の案も日記に書かれており、次のような文が書き付けてある。

日本製紙論 続の書き出しの案
我日本の特有物産は紙であるというが、紙の事業を著したものが無いとため息をつき、製紙論を記した。また続遍を編纂(へんさん)して、笑評を受けんとここに考えた。

このために集めたと思われる数点の原稿も、いの町紙の博物館が所蔵している。ただし、出版には至らなかった。