3-2.典具帖紙の里、神谷

典具帖紙の里、神谷(こうのたに)
―最盛期には200戸で漉かれたテング―

土佐七色紙の伝説が残る成山の里。そのふもとにある神谷集落は、明治期の吉井源太による典具帖紙改良以降、その一大産地として栄えた。

昭和47(1972)年度、日本の伝統工芸に携わる職人に贈られる「第8回キワニス文化賞」に、土佐典具帖紙の手漉き職人6人が選ばれた。その中には、平成13(2001)年に人間国宝と認定される神谷の濵田幸雄がいた。そして、神谷の勝賀瀬要もキワニス文化賞の栄誉を受けた。彼は吉井源太の指導を受けて最初に典具帖紙を漉いた神谷の職人・勝賀瀬亀太郎(大正10年没)の孫である。

神谷では明治の導入以後、200戸もの家で典具帖紙を漉くようになった。ここで典具帖紙組合が結成され、現在も1カ所の共同作業場が現役である。