3.タイプライターと土佐典具帖紙

タイプライターと典具帖紙
―世界へ輸出したトサステンシルペーパー―

明治維新の1年前、1867年頃から開発され始めたタイプライターは、明治7(1874)年に実用的な機器として、アメリカのE・レミントン・アンド・サンズ社から初めて商業的に販売された。その後、欧米各国で開発・改良が続き、タイプライター用紙も機械の特色に合うように作られていく。

タイプライターでの印字方法には、活字にインクを付けて打つ方法、インクリボンを活字で打って、重ねた紙に文字を写す方法の他に、印刷原紙に活字の字型を打ち抜き、これを印刷の版とする方法があった。印刷原紙を使う印刷方法をステンシル(活字孔版用刷り込み型)という。

ステンシル用の原紙は、レミントンの技師によって世界中の紙から探索され、岐阜の提灯紙から見出された典具帖紙が、最適な用紙として指定された。

ステンシル用タイプ原紙は、母体となる紙の繊維のすき間に油分を満たし、表面は耐水性のあるコロジオンの膜で覆うといった加工を施す。良質な原紙の条件は、打ち付けた活字の形が細部まできれいに抜けて紙の繊維が残ること。この繊維と繊維のすき間をインクが通り、多量の部数が印刷できる仕組みである。

つまり、母体である紙の繊維層が、印刷の品質を決定する最大の要素となる。

典具帖紙の楮繊維は、繊維の長さ、薬品の吸収力、印刷適性の良さなど、すべての点で他の繊維にはない優れた特質(「紙力(しりょく)」と呼ぶ)を持ち、ステンシル用タイプ原紙に適合している。(※ここまで、ヘイワ原紙元社長・山岡茂太郎氏の資料「タイプ原紙の常識」を参考にさせていただいた。)

明治43(1910)年に土佐紙株式会社(伊野精紙株式会社の後身)社員の欧米派遣によって、典具帖紙をステンシル用タイプ原紙とする用途を知り、製造・輸出することになった。

この後、土佐紙株式会社では輸出に力を注ぎ、県下の製造業者や業者組合の製品を取り扱ったため、同社のステンシル用典具帖紙の取り扱い額は県下産額の約70%に及んだとされる。最盛時の昭和10(1935)年前後には、欧米の取扱業者のほとんどに供給していたほどであった。